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横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)1150号 判決 1991年1月29日

原告

在日本大韓民国居留民団神奈川県地方本部

右代表者地方団長

李七斗

右訴訟代理人弁護士

渡辺徳平

藤本高志

被告

金允鍾

右訴訟代理人弁護士

藤森功

中吉章一郎

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して、同目録一記載の土地を明け渡せ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

原告の請求を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、神奈川県に居住して大韓民国の国民登録を完了した者で構成する団体であり、規約に基づき事務所及び財産を所有し、かつ、代表者の定めを有する、いわゆる権利能力のない社団であり、原告の代表者地方団長鄭日植は、昭和五七年四月二八日開催された神奈川県定期地方大会において、代表者である地方団長に選任され就任した。

2  原告は、昭和五七年一一月二九日、被告から別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)の引渡を受けて占有を取得し、地上建物を取り壊し、地表に舗装工事を施した上、有料駐車場として平穏に占有を続けてきた。

3  ところが、被告は、昭和五九年五月一三日、突如本件土地の周囲に鉄パイプとトタン板を用いて塀を張りめぐらし、車の出入口に鉄パイプ製の柵を設け、かつ、クレーン車を横付けにして車の出入りができないようにし、被告の許可なく立入りを禁ずる旨の立札を立て、数名の若者をして自動車の出入りをチェックさせ、出入口横に別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を設置して、原告の本件土地に対する占有を奪い、また妨害した。

よって、原告は、被告に対し、占有訴権により、本件建物の収去と、本件土地の明渡を求める。

二  被告の本案前の主張

原告は、在日本大韓民国居留民団(以下「民団」という。)の地方下部組織の一つに過ぎず、独立の権利能力なき社団ではない。また、原告の代表者は被告である。したがって、本件訴えは不適法である。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は否認する。

(一) 原告は、権利能力なき社団でない。

(二) 原告は、被告が議長兼「団長職務代行」として代表権を有する。

2  同2の事実は否認する。

鄭日植を代表者とする原告の占有は認められない。

3  同3の事実は否認する。

占有侵奪ではない。被告が代表者である原告の占有を明確にしたものである。

第三  証拠<省略>

理由

一原告の権利能力なき社団性

<証拠>によれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原告は、神奈川県に居住する大韓民国籍を有する者で構成する団体であり、構成員の権益擁護、民生安定、文化向上を期すると共に、世界平和と国際親善の実践などを目的とし、具体的には事務所を置いて韓国領事館の委嘱による戸籍の届出、旅券の発給に関する補助事務等を処理している。

2  原告は、地方団長、副団長、事務局長等の役員からなる執行機関及び監査機関たる監察委員会を有し、原則として三年に一回開かれる地方大会において、団員の中から右執行機関及び監察委員長が選出されると共に、基本的な活動方針が決定され、対外的には、地方団長がその代表となる。

3  団体構成員である団員は、死亡、出生等で絶えず変化しているものの、昭和二一年の結成以来、団体として一貫して行動している。

4  原告は、独自の規約を持たないが、民団の規約中に地方本部についての規定があり(第四章第一節)、原告の組織、運営、資産の管理等については、右規約によりその大綱が定められている。

以上の事実によれば、原告は、団体としての組織をそなえ、多数決の原理が妥当し、構成員の変更にもかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が規則により確定しているものの、民法その他の法律により法人格を与えられていない、いわゆる権利能力なき社団であるということができる。

なお、被告は、原告は、民団中央本部の下部組織であって、独立した権利能力なき社団ではないと主張するが、<証拠>によれば、確かに地方本部は民団中央本部に統括される関係にあるが、原告だけで約一万八〇〇〇人の団員があり、独自に戸籍の届出、旅券の発給に関する補助事務やその財産の管理を行ってきたことが認められ、右事実に前認定の事実を併せ考慮すると、原告は独立した社団としての実体を備えているというべきである。

二本件に至る経緯

<証拠>を総合すれば、以下の事実を認めることができ、被告本人尋問の結果中、右認定に抵触する部分は、前掲各証拠に照らして措信しない。

1  被告は、昭和四六年四月の原告の定期地方大会で議長に選出されたが、この頃、原告の内部において、李七斗らを中心とする派閥(以下「甲グループ」という。)と、被告らを中心とする派閥(以下「乙グループ」という。)が対立していた。

2  甲グループは、原告が、それまで駐横浜大韓民国領事から委託されていた県下韓国人の在外国民登録事務並びに海外旅券発給事務に関する発給申請人の身元確認事務の停止を命ぜられたことを契機に、昭和四七年六月、当時の議長であった被告に対し、新団長その他の役員を選出するため臨時大会を開催するように求めたが、被告にこれを拒絶された。そこで、甲グループの代表者であった李七斗は、独自に第三〇回臨時地方大会を召集し、同年七月一六日、横浜市中区山下町所在「寿宴」においてこれを開催し、右大会において団長朴成準、議長金桂善、監察委員長崔龍岩をそれぞれ選任した。

3  これに対し、乙グループは、横浜地方裁判所に対し、債権者を民団神奈川(代表者団長孫張翼)、債務者を朴成準ほか九名(いずれも甲グループの団員)として、名称使用等禁止等の仮処分申請をなし(当庁昭和四七年(ヨ)第九二七号)、同年一〇月二一日仮処分決定が出されたが、債務者ら甲グループがこれに対し異議を申し立てるとともに右仮処分命令取消を求めて争った(当庁昭和四七年(モ)第二四四四号名称使用禁止仮処分異議申立並びに仮処分命令取消事件)。他方、昭和四七年九月に孫張翼(乙グループ)が団長を辞任し、次いで団長代行を務めた副団長兼事務局長鄭泰浩が昭和四八年二月に死亡した後は、被告が債権者(被申立人)の代表者団長職務代行として右訴訟を追行していたところ、昭和四八年七月二一日、甲グループが召集した前記臨時地方大会は召集権のない者が召集したものであるとして、大会及びその決議の効力を否定し、右仮処分決定を認可するとともに甲グループの仮処分決定取消申立を棄却する旨の判決がなされた。

4  そこで、甲グループの団員有志(当時民団神奈川の常任顧問であった朴述祚を中心とする。)は、民団中央本部に対し、議長が臨時大会を召集しない場合の処置について明文化するよう規約の改正を提案したところ、昭和四九年三月二四日、民団中央本部の中央大会において、臨時大会は中央委員会で必要と認められたとき、または大会構成員二分の一以上の要求があるときには、その通告を受けた後三〇日以内に議長がこれを召集するが、議長が大会を召集しないか、要求を受け入れないときは、三〇日が経過した後、要求者の代表がこれを召集できるように規約第一三条が改正され、右新規約は、同日から民団神奈川の地方大会の召集についても適用されることになった。

5  甲グループの李七斗(当時民団神奈川県地方本部横浜支部団長)は、右改正規約第一三条に基づき、大会代議員一八四名中一七二名の賛同を得て、再度、被告に対し、昭和五〇年八月二二日到達の書面で地方大会の開催を要求したが、被告がその要求を受け入れないため、同年一二月初旬、大会代議員に宛て、同月一八日横浜商銀信用組合本店において臨時地方大会を開催する旨の召集通知を発し、同月一八日、大会代議員一八四名中一三五名の出席を得て、民団神奈川の臨時地方大会を開催し、右大会において、地方団長朴成準、議長金桂善、監察委員長金大栄がそれぞれ選任された(任期は、昭和五一年三月末日まで)。次いで昭和五一年四月二八日の定期地方大会において、地方団長朴述祚、議長田炳武、監察委員長金大栄がそれぞれ選任された。

6  そのころ、甲グループは、横浜市中区若葉町に事務所を置く一方、乙グループは、従来からの事務所であった本件土地上の建物(以下「旧建物」という。)を占有して、それぞれ自派の正当性を主張して対立していたが、甲グループが、横浜地方裁判所に対し、当時の地方団長朴述祚(甲グループ)を債権者、被告並びに民団神奈川(代表者団長職務代行金允鍾)を債務者として、職務執行停止等を求める仮処分申請をなし(横浜地裁昭和五一年(ヨ)第四八一号、同五二年(ヨ)第四三号仮処分事件)、昭和五七年一〇月一八日、右仮処分事件について、大要次のとおりの和解が成立した(ただし、右和解期日に、被告は出頭していなかった。)。

(一)  被告は、民団神奈川の団長代行並びに議長を辞任する。

(二)  朴述祚(甲グループ)は、被告を長とする民団神奈川(乙グループ)に対し、損害賠償として三七〇〇万円を支払う。

(三)  被告を長とする民団神奈川(乙グループ)は、朴述祚(甲グループ)に対し、右三七〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、旧建物を明け渡す。

(四)  被告は、朴述祚(甲グループ)に対し、右三七〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、本件土地及び旧建物につき九分の三の持分移転登記手続をする。

7  甲グループは、昭和五七年一一月二九日、右和解条項に従い、金銭の支払と引換えに乙グループから旧建物の引渡を受け、それにともない本件土地の占有を開始し、その後旧建物を取り壊し、アスファルト舗装を施した上、「月極め駐車場、在日本大韓民国居留民団神奈川県地方本部」などと記載した看板を二枚立て、本件土地を二〇数台分の有料駐車場として占有していた。

8  これにより、原告内部において甲グループと乙グループが、それぞれの事務所を構え対立していた事態は少なくとも表面上解消し、以降、原告としての業務は、甲グループの団員で構成される執行機関によりなされていた。

9  被告は、前期6の和解成立後、右和解は被告らの訴訟代理人宮代洋一が被告の意思に反してなした授権外の行為であるから無効である等と主張して、当庁に期日指定を申し立て(昭和五七年一二月二〇日和解終了を宣言する旨の判決がなされた。)、あるいは、和解無効確認の訴えを提起して(当庁昭和五八年(ワ)二四五六号)、裁判において右和解の効力を争ってきたが、被告自身が原告の業務執行に関与することは一切なかった。

10  ところが、被告は、昭和五九年五月一三日、本件土地の周囲に鉄パイプとトタン板を用いて塀を張りめぐらし(右塀には、少なくとも二か所に在日本大韓民国居留民団神奈川県地方本部団長代行金允鍾と大書されている。)、車の出入口に鉄パイプ製の柵を設け、被告の許可なく立入りを禁ずる旨の立札を立て、数名の若者をして自動車の出入りをチェックさせ、また、本件土地上に本件建物を設置した。

三以上の認定事実によれば、本件は、原告内部における甲グループと乙グループの係争の過程でなされた裁判上の和解により、甲グループが乙グループから旧建物の引渡を受けたことにともない本件土地を原告として占有していたところ、右和解の内容を不満とする被告個人が、昭和五九年五月一三日、本件土地を実力で占拠した事案であって、被告が、原告の占有を侵奪及び妨害したことは明らかといわなければならない。

四なお、被告は、本案前の抗弁として、原告の当事者能力及び地方団長(提訴時鄭日植、その後韓時泰を経て、現在は李七斗)の代表者資格を争うが、原告は、前記一で認定したとおり、権利能力なき社団としての実体を有し、代表者の定めがあるから、当事者能力を有するのは明らかであり、また、職権で調査したところによれば、昭和五七年四月二八日の定期地方大会において鄭日植が原告の地方団長に選任された(その後、昭和六〇年四月二七日の定期地方大会において韓時泰が、昭和六二年五月一一日の臨時地方大会及び平成二年四月一八日の定期地方大会において李七斗がそれぞれ選任された。)ことが認められ、原告の本訴えの提起は適法になされたというべきである。

五以上のとおり、原告の請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担について、民訴法八九条を、仮執行の宣言については同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清水悠爾 裁判官宮川博史 裁判官今村和彦)

別紙<省略>

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